【特集セカンドライフ】第15回 後悔も未練も捨てて、ご機嫌なセカンドライフを〜佐々木 常夫さん〜

「特集 セカンドライフ」は、経営者・リーダー・役員など社会で活躍するさまざまな人のセカンドライフ(第二の人生)についての考え方を聞く特集企画。今回は元東レ経営研究所所長で、現在はビジネス書の著者や経営者育成プログラムの講師など多方面で活躍する佐々木常夫さんにお話を伺いました。

【特集セカンドライフ】第15回 後悔も未練も捨てて、ご機嫌なセカンドライフを〜佐々木 常夫さん〜

悪いことの後には、必ず良いことがある

悪いことの後には、必ず良いことがある

―コロナ禍が長引いていますが、最近はどのように過ごされていますか?

佐々木常夫さん(以下、佐々木):都内にある自宅兼事務所をベースに、マイペースで仕事を続けています。外出する機会が減ったので、足腰が弱らないように朝夕1回ずつ散歩に出て、1日に1万2,000歩くらいは歩くようになりました。

コロナ前は講演や取材、執筆などでスケジュールがびっしり埋まっていましたが、今は講演などがオンラインでできるようになったおかげで、スケジュールに余裕ができましたね。その分、一つひとつの仕事に丁寧に向き合えるようになったわけですから、かえって良かったんじゃないかと思っています。
もともと、私は楽天家の母の影響なのか、「悪いことの後には、必ず良いことがある」と考えるタイプ。コロナの苦しさに打ち勝ったら、その後はもっと良くなると思っているんですよ。今日のテーマである「セカンドライフ」も、私の場合は失意のどん底から始まりましたが、紆余曲折を経て、今はまずまず充実したセカンドライフを送ることができています。

悲観は「気分」、楽観は「意志」

悲観は「気分」、楽観は「意志」

―57歳で東レの取締役に就任、退職までの2年間は、東レ経営研究所で所長を務められました。一見、華やかなご経歴ですが、なぜ「どん底」だったのでしょう?

佐々木:私は長年、肝臓病とうつ病で40回以上入退院を繰り返す妻の看病と、障害を持つ長男を筆頭に3人の子育てをするという、特殊な事情を抱えながら会社員生活を送っていました。かなりハードな毎日でしたが、仕事は大好きでしたから、「家庭の事情のために責任ある仕事から外してもらおう」などという発想はまったくなく、むしろ「この会社をもっと強い組織にしたい、良い会社にしたい」という信念をもって死に物狂いで働いていたのです。

ですから、同期最年少の57歳で取締役になれたときはすごく嬉しかったですし、定年なんてまったく意識せずに、60代もバリバリ働く気満々でいました。ところが、そのわずか1年後に、私は取締役を解任され、子会社の社長に左遷されてしまったのです。ショックでしたね。もう、自分のビジネスマン人生は終わってしまった……と、絶望的な気持ちになりました。しかも、時を同じくして、うつ病を患っていた妻が自殺未遂を図るという大事件が起きてしまったのです。左遷と自殺未遂のダブルパンチに見舞われて、なぜ自分だけにこんなことが起こるのか、自分のやってきたことは間違いだったのかと慚愧の念に駆られ、まさにどん底の精神状態に陥りました。

しかし、悩んだ末に気持ちを切り替えました。左遷は組織ではよくあることであって、私が悪いわけではない。妻の自殺未遂の件も病気のせいであり、妻や私が悪いわけではない。この現実を受け入れたら、苦しみがすーっと抜けて、すごく身軽になれました。後悔や未練を自らの意志で手放すことで、前向きな気持ちになれたんです。まさに「悲観は気分のもの、楽観は意志のもの」ですよね。自分の人生を悲観して思い悩んでいても前には進めません。自分の意志で「私は変わるんだ、人生は上手くいくんだ」と楽観的になることが大切なんです。そうすれば、自分の人生に希望や目標を見出すことができるようになり、それに向かって歩き出せるようになります

社外での出会いが導いたベストセラー作家への道

社外での出会いが導いたベストセラー作家への道

―2006年、62歳のときに初の著書「ビッグツリー -私は仕事も家族も決してあきらめない」を上梓、以来、ベストセラーを連発し、講演講師としても目覚ましい活躍をされています。書籍を出すに至るまでには、どんな経緯があったのですか?

佐々木:子会社の社長になってしばらくしたころ、当時参加していた異業種の勉強会の仲間から「雑誌記者をしている知人が家族のうつ病で困っているから、相談に乗ってやってくれ」と頼まれ、その記者と会うことになりました。最初に会ったときは、うつ病の家族への接し方をアドバイスしたり、病院を紹介したりして別れたのですが、後日、彼が「佐々木さんの家庭の事情や働き方が興味深いので、ぜひ記事にしたい」と取材を申し込んできたのです。「私のことなんて記事になるのかな」と思いつつも取材を受け、仕事を定時で切り上げて早い時間に帰宅するサラリーマンを紹介する特集「帰(カエ)リーマン」で紹介されることになりました。

すると、驚いたことに、それを読んだ出版社の社長から「本にしたら絶対に売れる」と申し出がありました。当時の私は本なんて書いたこともありませんし、自分の話が面白いとも思っていませんでしたから、最初は躊躇しました。でも、本を書くチャンスなんて2度とないだろうから、やってみようかと決心して書いてみることに。それが最初の著書「ビッグツリー -私は仕事も家族も決してあきらめない」(WAVE出版)です。書いた本人の予想を裏切って、この本は各方面で評判を呼び、なんと10万部も売れるヒット作になりました。

思わぬ展開に驚きつつも、もう本を出すことはないだろうと思っていたところ、3年後にまた同じ出版社から「今度は仕事術の本を書いてみないか」と打診がありました。それで書いたのが「部下を定時に返す仕事術」(同)で、これはなんと15万部も売れました。そこで気をよくして、翌2010年に「そうか、君は課長になったのか」(同)を出すと、これも20万部を超えるヒット作に。さらに同じ年に出した「働く君に贈る25の言葉」(同)は、正直言って絶対売れないだろうなと思っていたのですが(笑)、なんと45万部も売れ、その年のビジネス書大賞をいただきました。わずか3~4年の間に、自分の著書が計100万部も売れるなんて、我ながらびっくりでしたね。人生、本当に何が起こるかわかりません。

「寄り道」での出会いが人生を豊かにする

「寄り道」での出会いが人生を豊かにする

―ベストセラー誕生のきっかけは、「勉強会」だったのですね。仕事や家庭のことで忙しい中、なぜ勉強会に参加されようと思ったのですか?

佐々木:単純に面白かったからですよ。異業種の方の話を聞いて人柄に触れるのが、すごく刺激的で楽しかったんです。この勉強会は会社から推奨された会でしたが、強制的なものではなかったので、積極的に参加している人はあまりいませんでした。「そんなものに行くよりも、会社で仕事をしていた方が得だ」と考える人がほとんどだったんですね。

確かに、勉強会なんかよりも仕事の業績を伸ばすことに時間を使った方が、出世には近道だったかもしれません。でも、仕事だけの人生って面白くないじゃないですか。仕事はあくまでも幸せに生きるための手段の1つであって、すべてではないはずです。自分が楽しむために、ちょっとくらい寄り道して会社とは違う世界を見た方が、人生がより豊かになりますよね。

結果として、私はやはり出世レースからは外れてしまいましたけど、寄り道したおかげで仕事だけでは得られなかった素晴らしい人の縁に恵まれ、本を出すという貴重なチャンスを得ることもできました。もし、寄り道していなかったら、本を出すことはもちろん、今のように充実したセカンドライフを送ることもなかったのではないかと思います。人のご縁に、本当に感謝しています。

人に貢献することが、自分の幸せにつながる

人に貢献することが、自分の幸せにつながる

―最近は、佐々木さんのように定年後も働く人が増えました。セカンドライフ世代が働く上で大切なこと、注意すべきことはなんでしょうか?

佐々木:定年後の働き方に迷った方には、「マイ・インターン」というアメリカ映画をお勧めします。この映画の主人公・ベン(ロバート・デ・ニーロ)は、定年後も働き続ける私たちにとっての理想像だと思うんですよ。
簡単にストーリーを紹介しますと、ベンは定年後に妻に先立たれ、旅行や娯楽を楽しもうとするのですが、次第にむなしくなってしまって、ついに思い切って再就職をするんです。再就職先は、40歳も年下の女性社長が経営する若い人ばかりのファッションブランド。現役時代は名のある企業で管理職まで務めたキャリアを持つベンでしたが、この会社では雑用係のような扱いを受けます。でも、ベンはどんな雑用も引き受けて嬉々として働き、若い社員をリスペクトし、彼らの恋愛相談まで引き受ける。「若い人の役に立つなら、会社に貢献できるなら、何だって大歓迎」と楽しそうに働くベンは、次第に周囲の若い社員たちの信頼を得て、最初はベンを邪険にしていた社長の精神的支えになっていく……という感動的なストーリーです。
この映画を観て実感したのは、働くというのは結局、相手に貢献することなんだ、ということ。貢献すると相手が自分に感謝して、自分の存在を認めてくれます。だから、心が満ち足りて幸せになれるんです。

でも、残念ながら誰もがベンのようになれるわけではありません。再就職しても、現役時代のキャリアや役職プライドが捨てられずに横柄な態度を取ったり、若い人を押しのけてリーダーシップを取ろうとしたりして、感謝されるどころか、鼻つまみ者になってしまう人も多いものです。定年以降も仕事を続けるのなら、自分の能力や経験をアピールして若い人と競おうとするのではなく、若い人に貢献し、感謝され、信頼される存在になってください。仕事をしない場合は、家族や地域の人に貢献して、彼らの役に立つ存在になりましょう。感謝されることで、定年後の人生がずっと豊かで幸せになるはずです。

お金と最期のことは、はっきり意思表示をして話し合っておく

お金と最期のことは、はっきり意思表示をして話し合っておく

―セカンドライフ世代になって、いわゆる「終活」を意識する人も多いかと思います。

佐々木:そうですね。私も60代になってから、自分の死後に家族が揉めないための対策を始めました。財産を整理し、どのように子供たちに分けるかを決めておくのは、子供たちを幸せにする親としての最後の務め。記憶が怪しくなったり、自分で適切な判断ができなくなったりする前に、準備しておくべきだと思います。

私の場合は、信託銀行に相談してプロの知恵を借りながら、70歳になる少し前に遺言状を作成しました。銀行預金や投資信託、不動産、生命保険など自分の持っている資産を書き出して遺産分割案を作り、その案で良いかどうか、子供たちと話し合い、合意を得ました。自分の死後に子供たちが分割のことで揉めて、関係がこじれてしまうのが嫌だったからです。

自分の最期をどうしたいのかについても、はっきりと意思表示しておきましょう。私はいわゆる延命治療はしないと決めて、尊厳死協会から「延命治療を受けない」旨を宣言する会員証を発行してもらっていて、子供たちにも「胃ろうも人工呼吸器も付けないでほしい」と伝えてあります。こうしておけば、延命措置をするかどうかで子供たちを悩ませたり後悔させたりせずに済みますよね。お金や死についての話は、家族の方からは切り出しにくいからこそ、自らはっきりと考えを伝えておく。それが終活の極意だと思います。

小さな夢をもって、いつも明るく上機嫌に

小さな夢をもって、いつも明るく上機嫌に

―最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。

佐々木:現在の日本人の平均寿命は男性が81歳、女性は87歳ですが、これから100歳近くまで伸びると言われています。この長い第2の人生をどう生きるのか、できれば40代、50代から少しずつ考えて準備しておいたほうが良いでしょう。その参考になれば……という想いから、2020年に「60歳からの生き方 もっと身軽に生きてみないか」という本を書きました。この本で私が皆さんに伝えたかったのは、「60代からはより自立心を持って、ものごとにこだわらず、力を抜いて自然体で行動し、謙虚さと感謝の心を忘れず、ちょっとした夢を持ち、人には期待せず、それでいて少しだけ人のためになることを考え、品の良い清潔なみだしなみに心がけ、明るく上機嫌で自分流に生きていこう」ということです。

セカンドライフ世代は、決して「終わった年代」ではありません。これまでの人生で培ってきた能力を、子供や孫たちの世代のために、社会をより良くするために使っていこうではありませんか。私も70代後半になりましたが、文章を書いたり講演をしたりすることを通じて、まだまだ若い皆さんのお役に立ちたいと思っています。これからも、小さな夢―ゴルフのスコアを上げるとか、もう1冊ベストセラーを出したいとか(笑)―を胸に抱きつつ、毎日を明るく上機嫌に過ごしていきたいですね。

※この記事は2022年2月に行った取材をもとに作成しております。

今回お話を聞いた人

株式会社佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表取締役
佐々木 常夫(ささき つねお)さん

佐々木常夫氏プロフィール

【佐々木 常夫氏プロフィール】
株式会社佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表取締役。
1944年秋田市生まれ。東京大学経済学部卒業後、東レ株式会社に入社。家庭では自閉症の長男と肝臓病・うつ病を患う妻を抱えながら会社の仕事でも大きな成果を出し、2001年、東レの取締役に就任。2003年に東レ経営研究所所長になる。内閣府の男女共同参画会議議員、大阪大学客員教授等の公職も歴任。

オフィシャルWebサイト https://sasakitsuneo.jp/

出典 

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