【特集セカンドライフ】第14回 「人生100年時代」は本当か?思考停止から覚醒せよ!〜伊藤嘉明さん〜

「特集 セカンドライフ」は、経営者・リーダー・役員など社会で活躍するさまざまな人のセカンドライフ(第二の人生)についての考え方を聞く特集企画。第14回は「プロ経営者」として数々の企業の事業再建を手掛けてきた伊藤嘉明さんにお話を伺いました。伊藤さんが「自分の人生にセカンドライフの発想はない」と考える理由とは……?

【特集セカンドライフ】第14回 「人生100年時代」は本当か?思考停止から覚醒せよ!〜伊藤嘉明さん〜

日本企業を蝕む「思考停止」という病

日本企業を蝕む「思考停止」という病

―タイで生まれ育ち、アメリカで教育を受けられました。働く場として日本を選んだのは何故ですか?

伊藤嘉明さん(以下、伊藤):幼少から東南アジアに住んでいまして。そしてその東南アジアで輝いていたのが日本企業だったんですね。1970年代~80年代の日本企業は本当に勢いがあって、僕が住んでいたバンコクにも日本企業がたくさん進出していました。ビジネスを拡大するだけでなく、発展途上国ではインフラ整備などを通じた国際協力にも積極的に取り組んでいて、実にカッコよかったですね。僕も日本企業で働いて、アジアの発展に貢献する仕事をしたいと思い、そのための進路を選びました。

しかし、僕が日本で働くようになったころの日本は、バブルが崩壊し、今はいわゆる「失われた30年」と言われています。子供のころに僕が憧れていた日本とは別の国になってしまっていました。日本企業もしかり。あの頃の勢いは完全に失われ、たくさんの人たちが「思考停止」状態に陥ってしまっています。その結果、GAFAなどの巨大企業が勢力を増す中、グローバルな市場における日本企業の存在感は、かつてないほど小さくなってしまいました。

―なぜ、日本企業は思考停止に陥ってしまったのでしょうか?

伊藤:最大の要因は、やはり企業の意志決定の仕組みがおかしいことでしょう。現場に裁量権を与えないので、何か1つのことを決めるのにも何回も会議を繰り返すので無駄に時間がかかってしまい、最終的にはチャンスを逃してしまう。しかも、挙句の果てに最終の役員会議で「前例がないから」などという理由で新しいことをしようとしてもその試み自体が覆されてしまい、結局、元の木阿弥になってしまう……ということも珍しくありません。だから、現場の人間は「どうせ新しいことを提案しても無駄だ」「上の言うことを聞いていた方が楽だ」という発想になって考えることを止めてしまい、思考停止に陥ってしまうのでしょう。いわゆる他責の考え方もこれに当てはまりますね。

思考停止は日本企業だけでなく「日本人全体」の問題

思考停止は日本企業だけでなく「日本人全体」の問題

伊藤:旧態然とした年功序列の人事制度も、思考停止の原因の1つではないでしょうか。グローバル企業では、実力があって実績が認められれば年齢や性差、社歴に関係なく昇進も昇級するのが当たり前です。しかし多くの日本企業ではいまだに年功序列制度が変わることもなく、後輩が先輩を追い越して昇進したり、実績が評価されて昇給したりすることは稀です。「いやいや、最近は変えてきてますよ」という一部の日本の企業においてさえ根底には年功序列があります。いくら頑張っても変わることもなく報われないのですから、モチベーションが低下して「何をやっても無駄だ」と思考停止に陥ってしまうのも無理はありませんし、実力のある人材なら尚のこと、さっさと見切りをつけて、実力が正当に評価される外資系企業に転職してしまうでしょう。こういった企業体質を改めて思考停止から覚醒しない限り、日本企業に成長は望めません。そして、企業だけでなく日本人全体が思考停止から目覚めない限り、日本という国の未来もないと思っています。

誰もが「定年まで働いてセカンドライフを楽しむ」という生き方を選ぶ必要はない

誰もが「定年まで働いてセカンドライフを楽しむ」という生き方を選ぶ必要はない

―ビジネスパーソンだけでなく、日本人全体が思考停止に陥っていると?

伊藤:そうです。ちょっと辛辣な言い方になってしまいますが、例えば今回のインタビューのテーマである「セカンドライフ」という考え方も、日本人の思考停止の表れじゃないかと思っていますよ。セカンドライフって一般的には「定年まで一生懸命働いて、定年後は第二の人生を……」という考え方だと思いますが、定年を境に別の人生が始まるなんておかしいと思いませんか? 「セカンドライフを楽しみたい」というような話を聞くと、自分のキャリアや生き方を深く考えることを放棄して、「定年までは老後のために頑張って働こう」という誰かの描いた価値観やライフスタイルに、無理やり自らを当てはめようとしているように感じられてなりません。その意味でも、僕には「セカンドライフ」という発想はないですね。僕の人生は1つだけです。将来、働くことを止めたとしても、それまでと同じ僕の人生が続いていくと思っています。

重要な部分が抜け落ちた「人生100年時代」という思い込み

重要な部分が抜け落ちた「人生100年時代」という思い込み

伊藤:同じように、昨今よく話題に上る「人生100年時代」という概念にも懐疑的です。「人生100年時代」はロンドン大学のリンダ・グラットンが提唱している概念で、本来は「世界で長寿化が急激に進み、先進国では2007年生まれの2人に1人が100歳を超えて生きる人生100年時代が到来する」との予測に基づいて、これまでとは異なる新しい人生設計の必要性を説くものですが、日本では「人生100年時代」というキャッチーなフレーズが政治に利用されたこともあって、独り歩きをしてしまい、「2007年生まれの2人に1人」というところが、するりと抜け落ちてしまいました。つまり、まるで誰もが100歳まで長生きするかのような錯覚に陥ってしまったんですね。そして最も重要なことですが、皆が100歳までずっと健康体で生きているという前提で話がなされている。そして「長い老後に備えて貯金しないといけない。投資して、老後資金を増やさないといけない」という思い込みに囚われてしまっています。

でも、当然ながら実際には全員が100歳まで生きるわけではなく、50歳や60歳という若さで亡くなる人もいますし、病気で寝たきりになってしまう人もいます。高齢まで生きられたとしても、加齢とともに身体機能は衰えますから、若い頃に思い描いていたように旅行や趣味を楽しむのが難しくなってしまうことだって十分考えられます。ここでは健康年齢という、実は最も大事な部分が完全に抜け落ちているわけです。老後どうなるかなんて誰にもわからない、不確実なものなんです。そんな不確実なものへの備えを「今の自分」よりも優先すべきなのかどうか、一度立ち止まって考えてみるべきです。自分がどう生きたいのかも考えず、「人生100年時代だから、まずは定年までしっかり節約して貯金に励もう」というのは、おかしいのではないでしょうか。

「予想できるもの」と「予想できないもの」を分けて考える

「予想できるもの」と「予想できないもの」を分けて考える

―伊藤さんご自身は、老後よりも「今」を優先していますか?

伊藤:そうですね。極論を言うという前提で話しますね。そもそも健康年齢の観点からも、自分にあるかどうかもわからない溌剌とした老後のために、今の楽しみを100%諦めてしまうのはナンセンスではないかなと。例えば、僕は車やバイクが好きなのですが、スポーツカーは車高が低くて乗り降りが大変ですし、マニュアル車だと運転にも体力を使いますから、スポーツカーやバイクは高齢になってからでは乗りこなすのが難しいかもしれません。そもそも視力、気力、体力に加え運転技術も落ちてくる高齢期に運転免許は返納すべきでしょうから、車やバイクの趣味を定年後に楽しむ、というのもどこまで現実的なのか。そう考えると体力のある今のうちに堪能しておきたいんです。

―とはいえ、今は何が起こるかわからない時代。老後への備えがないと経済的にも精神的にも不安ですよね。

伊藤:確かに私たちは今まさに、いわゆるVUCA(ブーカ)※な時代を生きています。しかし、実際にはVUCAな社会でもすべてが予測不可能なわけではなく、予測できるものと予測できないものとがあります。その2つを見極めようとせず、「VUCAだから、何も予測できない!」と現実から目を背けて、恐怖感だけを煽っても意味がないです。その結果、思考停止に陥ってしまっている人が多いんじゃないでしょうか。

例えば老後の話でいうと、「いつ死ぬのか」は予測不能ですが、「高齢になると体力が衰える」ことや「収入が減る」ことは本来ならばある程度予測できることなので、それに対する備えをしておくことは大切です。私も体力が落ちないようにトレーニングをしたり食生活には気を付けたりしていますし、収入が減ったときに備えて、今の楽しみを制限しなくて済む程度の金額ではありますが、貯金や投資もしています。

※VUCA:元々は軍事用語として用いられていたVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った略語。現在のような混とんとした社会状況を示す際に「予測不能(困難)な」という意味で「VUCA時代」のように用いられる(編集部注)。

子供の教育も老後への備えの1つ

子供の教育も老後への備えの1つ

―ほかにはどんな投資をしていますか?

伊藤:大したことはしていませんが、将来的にも価値が下がりにくいとされている「金」への投資とか、特にアドバイザーなどを雇ったりせず、自分の才覚でできる範囲で細々とやっています。

それよりも、子供の教育が私にとっては最も大切な投資なのです。我が家には大学生を筆頭に3人の子供がいるのですが、3人ともインターナショナルスクールに通わせました。私自身がそれに近しい環境で育ち、たくさんの経験や気づきをえれたこと自体が自分にとっての一番大きな財産だったので。子供たちに世界中どこでも生きていけるようになるための英語力、コミュニケーション力、国際感覚等を身に付けてほしいと思っているので。僕にとっては、子供たちが日本だけでなく好きな国、環境でそれぞれの道で自立してくれることが何よりの願いです。それが自分自身の心の安定にもつながるので、教育にお金を使うことが自分の精神面での「老後への備え」の1つだといえるのかもしれません。

日本を変える原動力を生み出したい

日本を変える原動力を生み出したい

―2016年には自身の会社・X-TANKコンサルティングを立ち上げました。今後、挑戦してみたいことは何ですか?

伊藤:仕事での目標は、引き続き、ビジネスの力でアジアの発展に貢献することです。X-TANKは、このために立ち上げた会社で、経営を通じて日本企業を覚醒させ、アジア全体の発展につなげることを目指しています。
2019年には「志を同じくするX(異端児)が300人集まれば、歴史を動かせる」という信念のもと、さまざまな分野の人たちが集えるようSNSのフェイスブック上で「300Xコミュニティ」を立ち上げました。成長したい、変わりたい、世界と繋がりたい、でもどうしたらいいかわからないと思い悩んでいる人たちがネットワークや知見を広めれる場所になればいいなとの考えのもと始めました。活動開始から2年経って、少しずつですが強力なコミュニティが形成されつつあります。日本を変える原動力を生み出すべく、今後も積極的に活動を続けていきたいと思っています。ご興味ある方はぜひ!

もちろん、個人的にやってみたいことも、たくさんあります。車やバイクにも体力の続く限り乗り続けたいし、動物が大好きなので動物に関する資格を取得したり、何か教育に関わるビジネスを立ち上げるのも面白いかなと思っています。先ほども申し上げたとおり、僕の人生にセカンドライフという発想はありません。人生は一度きりなので。常に挑戦を続け、今生きている1度きりの人生を充実させる努力は怠らないようにしたいですね。Y O L O(You Only Live Once)ですよ。

プロとして仕事に執着し、自分の人生を他者に委ねない

―最後に若い世代へのメッセージをお願いします。

伊藤:ますます混迷を深めていくであろうVUCA時代を生き抜くには、自分自身が自分の人生の主導権を握ること、つまり会社や組織に人生を委ねてしまわないことが大切です。会社員として働いているのなら、会社に執着するのではなく自分の仕事にプロとして執着すること。常にプロ意識をもって仕事に取り組み、スキルを磨き続ければ、どこでも通用する人材になることができますから、一緒に働く相手や働くスタイルを自分自身で選ぶことができるようになります。

どんな時代でも、常に「明日」は「今日」の続きです。より良い明日を過ごしたいなら、今日をより良く生きるしかない。予測できない未来におびえるのではなく、より良い未来を創るために、今、できることをやり遂げる所から、と思っています。

※この記事は2021年11月に行った取材をもとに作成しております。

今回お話を聞いた人

X-TANKコンサルティング株式会社
代表取締役社長
伊藤 嘉明(いとう よしあき) さん

伊藤 嘉明氏プロフィール

【伊藤 嘉明氏プロフィール】
X-TANKコンサルティングCEO。1969年タイ・バンコク生まれ。サンダーバード国際経営大学院MBA、国際経営学修士。タイ国オートテクニックタイランド、日本アーンスト&ヤング・コンサルティング、日本コカ・コーラ初代環境経営部長、デル公共営業本部本部長兼米国本社コーポレート・ディレクター、レノボ米国本社エグゼクティブディレクターグローバル戦略担当役員、アディダスジャパン上席執行役員副社長兼営業統括本部長、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント、ホームエンタテインメント日本・北アジア代表を経て、2014年ハイアールアジアグループ代表取締役社長兼CEOに就任。16年、X-TANKコンサルティングを設立し、CEOに就任。17年から1年半、ジャパンディスプレイ常務執行役員 CMOとして経営再建に参画。

出典 

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