【特集セカンドライフ】第2回 生涯現役、目に見えない資産を次世代に伝えたい~山本 貴大さん〜

「特集 セカンドライフ」は、経営者・リーダー・役員など会社で活躍するさまざまな人のセカンドライフ(第二の人生)を聞く特集企画。第2回は、江戸時代創業の老舗「山本海苔店」で専務取締役営業本部長を務める山本 貴大さんにお話を伺いました。

【特集セカンドライフ】第2回 生涯現役、目に見えない資産を次世代に伝えたい~山本 貴大さん〜

170年以上続く店の伝統、そして日本の海苔文化を守るべく奔走する若きリーダーは、自身のセカンドライフにどんな想いを馳せているのでしょうか? 老舗に伝わる教えや次世代へのメッセージも併せて教えていただきました。

1849年創業。日本の海苔文化を守るリーディングカンパニー

1849年創業。日本の海苔文化を守るリーディングカンパニー

山本海苔店本店(東京・日本橋室町)

―大学卒業後、2008年に山本海苔店に入社されました。それまでのキャリアについて教えてください。
山本貴大さん(以下、山本):誰に言われたわけでもないのですが、物心ついたころから「山本海苔店のリーダーになる」ことを理解していました。それ以外の人生を思い描いたことすら、なかったですね。そこで、大学卒業後は店の経営に役立つ経験を積みたいと思い、大手都市銀行へ就職。都内の支店で営業職として働き、ビジネスの基本をしっかりと教えていただきました。

ところが、いざ山本海苔店に入ってみると、驚きの連続でした。というのも、山本海苔店は、銀行時代に身につけた「ビジネスは、売上・利益・成長が大事」という考え方が、通用しない会社だったからです。

一番印象深かったのは、入社1年目に海苔の仕入れを担当した時のこと。その年はたまたま前の年よりも海苔が安く仕入れられたので、「昨年より安く仕入れられて、良かったですね」と言うと、仕入担当取締役に「安く仕入れれば、良いわけではありません。山本海苔店が安く仕入れてしまうようになると、海苔業界の未来は無くなってしまいますよ」とたしなめられました。

つまり、業界のリーディングカンパニーである山本海苔店が自分の利益を減らしてでも生産業者さんから海苔を高く買わないと、値崩れがおきてしまい、業界が立ち行かなくなるということ。自分の店の利益よりも業界の存続を優先する、それが山本海苔店の経営の基本だというのです。最初は、「え?」と驚きましたが、今になってみると、これこそが山本海苔店が170年以上も海苔一筋で商売を続けてこられた理由のひとつだと実感しています。

山本海苔店の看板商品「梅の花」

山本海苔店の看板商品「梅の花」

「よりおいしい海苔を」山本海苔店のおいしさへのこだわり

「よりおいしい海苔を」山本海苔店のおいしさへのこだわり

山本 貴大さん(株式会社山本海苔店 専務取締役)

― 仕入れ価格が高いと、企業にとってはむしろ成長の足かせになりませんか?
山本:一般的には、そうですね。しかし、海苔業界というのは非常に独特で、伝統的に生産業者と販売業者が明確に分かれており、お互いの領域を決して侵してはならないというルールがあります。したがって、販売業者である山本海苔店が自ら海苔の生産を手掛けることはなく、海苔はすべて生産業者さんから仕入れさせていただいています。

ところが、おいしい海苔を作るのは簡単なことではありません。生産量や品質は気候条件に影響を受けてしまいますし、何より摘み取るタイミングによって味が大きく左右されてしまいます。一番おいしい海苔は、そのシーズン最初のまだとても短く若い状態で摘み取ったもの。長く伸びてから摘み取ったものや、最初に摘んだあとに出てくる2番目以降の海苔は次第に味が落ちてしまいます。

生産業者からしてみれば、味は多少落ちるにせよ、できるだけ長く育ってから摘み取ったほうが、一度にたくさんの海苔を収穫・生産できるから、効率が良いですよね。例えば10cmで摘もうと思っていたけど20cmになってから摘めば2倍生産できるわけですから。でも、少しでもおいしい海苔をお客様に提供したい山本海苔店としては、当然、味の良い早く摘んだ一番摘みが欲しいわけです。

「よりおいしい海苔を」山本海苔店のおいしさへのこだわり

海苔の収穫風景(参考写真)

そこで、山本海苔店は「どうか短いうちに摘んでください。伸ばした場合の収穫量に見合う代金をお支払いします」という姿勢を取り続け、早摘みしたおいしい一番摘みの海苔を作っていただいたら、本当に高い値段で買わせていただいているのです。そうしないと、早摘みの海苔を収穫する業者が減ってしまい、結果として山本海苔店ではおいしい海苔をお客様に提供できなくなってしまいます。

つまり、山本海苔店は早摘みの海苔を高く仕入れることで、おいしい海苔をお客様に安定してご提供できるようになり、結果として170年以上にわたってお客様に「山本海苔の海苔はおいしい」とご愛顧いただき続けることができたのです。もちろん、海苔を高く仕入れても、お客様には適正価格でお売りするわけですから、会社としての利益は大きくありません。

「伝統は革新の連続」。常識を覆すアイデアで海苔文化を守った先代たち

「伝統は革新の連続」。常識を覆すアイデアで海苔文化を守った先代たち

―跡取り息子として、先代から受け継いだ教えはありますか?
山本:山本家には特別な家訓のようなものはないので、明確な言葉ではないのですが、祖父母や両親の姿を見て育つうちに、華美にならぬようにということが自然と身についたように思います「贅沢をする余裕があったら、お取引先やお客様や社員に還元するのが当たり前」という思想です。そのせいか、私自身は「老舗の跡取り息子」という言葉のイメージからはほど遠い、ケチ臭い人間になってしまいました(笑)。

山本海苔店の歴史を振り返ってみても、資金力にものをいわせて成長してきたというよりは、斬新な発想で業界にイノベーションを起こし、それを原動力に成長を遂げてきたように思います。特に1858年に就任した2代目・山本 德治郎は大変なアイデアマンで、1869年に世界で初めて味の付いたのり「味附海苔」を考案、評判を呼んだ人物です。彼は今で言うマーケティングのセンスが非常に優れており、顧客ニーズに応じて海苔を以下の8種類に分類して販売、成功を収めました。

①食(自家用)②棚(進物用)③焼(焼海苔の原料用)④味(味附海苔の原料用)
⑤寿司(寿司屋の業務用)⑥蕎麦(蕎麦屋の業務用)⑦裏(卸用)⑧大和(佃煮用)


同じ海苔でも、このように分類して販売すると、それぞれ専用の海苔を選んでいただきやすくなるんですよね。お寿司屋さんが「うちは寿司屋だから、寿司専用の海苔を買おう」と、積極的に山本海苔店の海苔を選んでいただけるようになったのです。

この後も、先代たちは次々に海苔店としては初めて百貨店に直営店を出したり、車に乗ったまま海苔が買えるドライブスルーを採用したり……と、画期的な試みを続けてきました。まさに、山本海苔店にとって「伝統とは革新の連続」なのです。

代々、生涯現役が基本。店が自分の人生そのもの。

代々、生涯現役が基本。店が自分の人生そのもの。

-海苔文化の発展に貢献されてきた先代の皆さんは、セカンドライフをどのように過ごされたのでしょうか?
山本:僕の知る限り、「引退して余生を楽しむ」というタイプの人はいなかったですね。社員と違って当主は特に定年が決まっていたわけでもないですし、体が動く限り、何かしら店の仕事をしていたようです。3代目なんて本当に海苔を見ながら息絶えたといわれています。僕自身、この店に入ってから実感していますが、私たち跡取りにとっては店そのものが人生であり、もはや人生と店を切り離して考えることができないんですよね。店の成長が自分自身の成長であり、「おいしい海苔をお客様にお届けする」、そして「日本の海苔文化を守る」という店の使命が、自分自身の使命でもあるのです。

-では、ご自身も生涯現役を目指しているのですね?
山本:今の仕事を生涯続けることはあり得ません。また「隠居して趣味三昧」というセカンドライフも、私の性に合いません。現在のルールのままなら、今、小学生の長男が私の次の代、8代目・山本 德治郎を継ぐことになると思いますが、その後は、また今とは違う角度から店に貢献していけたらいいなと思っています。例えば、私は子供が好きですので社員が長く安心して働き続けられるように、社内に託児所を作り、そこの職員になれたらいいな、と夢が広がります。

もちろん、その夢を叶えられるかどうかは、これからの自分次第。何十年か後に、息子に安心して経営を引き継げるように、今は会社のさらなる事業の安定に専念したいですね。私は先代たちのような大それたイノベーションは起こせないかもしれませんが、「伝統は革新の連続」ですから、私も伝統を守るために何らかの革新に挑み、常に前に進んでいきたいと思っています。

今、進めているのは、日本橋の再開発エリアに、山本海苔店厳選のおいしい海苔を気軽に味わっていただける飲食店を出店する計画です。残念ながら、最近は本当においしい海苔を食べたことがない人が増えていますので、この店で上質な海苔を味わってもらい、海苔のおいしさ、ひいては日本の食文化の素晴らしさを伝える場にできたら……と願っています。海苔のおいしさを知る人が増えれば、海苔文化は確実に次世代に受け継がれていくはずです。

そのままスナックとして食べられる人気商品「具付のり 一藻百味」

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日記を未来の自分、そして息子へのメッセージに

―山本海苔店の伝統を息子さんに伝えていくために、何か実践していますか?
山本:特にまだ意識したことはありませんが、私自身がそうだったように、いつの間にか息子にも「自分が跡取りだ」という意識が育っているようです。まだほんの子供ですが、海苔のおいしさだけは普通の子より良く知っていますから、サッカーチームの友人たちに海苔のおいしい食べ方をレクチャーしたりしており、血は争えないなと思います(笑)。今回のような、私のインタビュー記事も読んでいるようですし、私の考えていることは、幼いなりに何となく理解してくれているのではないでしょうか。

まだ遺言などを書いたことはないですし、息子に何かを書き送ったこともありません。ただ、実は私、10年以上前から、ずっと日記を付けていまして、「いつか息子が読んでくれるかも……」と密かに期待しています。日記といっても、ごく簡単な日常の記録を書きなぐっているだけですが、少し時間が経ってから読むと、自分でも「あの時俺はこんなことを考えて、こんなことをしていたんだな」と参考になることが多いのです。息子も将来、この日記から何か得るものがあるかもしれませんし、私をはじめ先代の当主たちが懸命に働き、店の暖簾と海苔文化を守るために奔走してきたことを感じ取ってくれたら嬉しいですね。
おそらく、お金という形での資産はあまり遺せないと思いますが(笑)。私自身が先代から受け継いできた目に見えない資産である山本海苔店のスピリットをしっかり息子にバトンタッチできる日まで、全力で走り続けたいと思っています。

※この記事は2020年3月に行った取材をもとに作成しております。

<プロフィール>山本 貴大さん(株式会社山本海苔店 専務取締役営業本部長)

<プロフィール>山本 貴大さん(株式会社山本海苔店 専務取締役営業本部長)

1983年生まれ。2005年に慶應義塾大学法学部卒業後、大手銀行に入行し、法人営業などを経験。2008年に山本海苔店入社。仕入部で海苔全般の勉強を行い、山本海苔店100%子会社丸梅商貿(上海)に勤務、おむすび屋「Omusubi Maruume」の立ち上げにもかかわる。7代目を引き継ぐ立場として、山本海苔店の営業全般を担当するとともに海苔文化の普及活動にも尽力している。

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