【特集セカンドライフ】第17回 サッカーと社会を繋げ、より良い未来を創りたい ~石川直宏さん~

「特集 セカンドライフ」は、経営者・リーダー・役員など社会で活躍するさまざまな人のセカンドライフ(第二の人生)についての考え方を聞く特集企画。今回は元サッカー日本代表で、現在はFC東京でクラブコミュニケーターを務めながら、後進の育成やアスリートのセカンドキャリア支援など多方面で活躍する石川直宏さんにお話を伺いました。

【特集セカンドライフ】第17回 サッカーと社会を繋げ、より良い未来を創りたい ~石川直宏さん~

FC東京で味わったチームと一緒に成長できる喜び

FC東京で味わったチームと一緒に成長できる喜び

―2017年の現役引退から丸5年が経ちました。今、現役時代を振り返ってどんなことを思いますか?

石川 直宏さん(以下、石川):5歳からサッカーを始め、プロになってからは横浜F・マリノス(以下、マリノス)とFC東京の2チームでプレーさせてもらいました。2000年、高校卒業後すぐに入ったマリノスは当時すでに名門チームで、中村俊輔さんや故松田直樹さんなど錚々たるメンバーがしのぎを削るすごい世界。入団時にクラブの関係者から「これからはピッチの中と外で自分を変えていかないと、生き残れないぞ」と言われたのを今も覚えています。実際、先輩方を見ていると、普段は気さくで優しいのに一歩ピッチに入るとパッとスイッチが切り替わって別人のように厳しい表情に。ピッチの中では常に勝つか負けるか、レギュラーになれるか・なれないかの厳しい戦いが繰り広げられていました。その姿に圧倒されて、自分も変わらなくてはと思いましたし、プロ選手として自分はどんなマインドで戦うべきなのかを意識するようになりました。ただ、マリノスではあまり実績が出せなかったこともあって、その答えをはっきりと見つけることはできませんでした。

おぼろげながら答えが見えてきたのは、2002年にFC東京へ移籍した後でしたね。当時のFC東京は1999年にJリーグ加盟し、2000年にJ1へ昇格したばかりで、マリノスに比べると良い意味で発展途上のチーム。成熟していない分、伸びしろがあるチームでした。未熟で発展途上、でも伸びしろはある・・・・・・。そう、まさに当時まだ21歳だった私と同じだったんですよ(笑)。だから、「このチームを自分が強くしたい。自分もこのチームと一緒に強くなりたい」という想いが自然に湧き出してきました。どちらが良い・悪いという話ではなく、マリノスは優秀な選手がひしめく強いチームであるがゆえにレギュラー争いが激しくて、ある意味すごくドライな環境。私自身、チームの1ピースであることはできても中心になってチームを引っ張って行ける自信も実力もありませんでした。一方、FC東京はまだ成長途中のチームですから、自分の生き残りうんぬんよりも、まずは皆で頑張らないと試合に勝てないんです。でも、私には性格的にこちらの空気感のほうが合っていました。FC東京を強くて皆に愛され信頼されるチームにしたいという想いと、強くて皆に愛される選手になりたいという想いが完全にリンクしたからこそ、今の自分があると思っています。

36歳で現役引退。「やり切って辞める」と決めていた

36歳で現役引退。「やり切って辞める」と決めていた

―2017年に現役を引退されました。現役時代、引退後について何かプランを立てていましたか?

石川:いいえ、実はまったく考えていませんでした(笑)。現役時代は、とにかく目の前の試合や課題に必死でしたし、特に引退前の最後の2年間はケガで思うようなプレーができなかった葛藤が大きかった分、「やり切って辞めよう。その後のことはそのときに考えよう」という気持ちがありました。たまにビジネス系の勉強会などサッカーと関係のないコミュニティにも参加していましたが、それもサッカー選手としての自分を磨くのが目的で、引退後を見据えてのことではありませんでした。

結果として、ケガを完全に治すことはできず、2017年の8月に引退を発表。その後、シーズン中に2試合に出て1勝1引き分けの成績を残すことができ、悔いなくピッチを後にしました。万全のコンディションではなかったものの、とにかく最後までやり切れたことが、純粋に嬉しかったですね。もう一つ、とても嬉しい思い出として残っているのが、シーズン終了直後に開催したファンミーティングです。ファンミーティング自体はそれまでも毎年開催していたのですが、その年は引退記念ということで少し私のわがままを言わせてもらって、東京・青山にあるライブハウス「ブルーノート東京」を借り切って開催しました。大好きな地元のアーティストRickie-Gさんにライブで歌ってもらって、ファンの皆さんと一緒に大盛り上がり!皆さんからねぎらいや激励の言葉をもらい、私からも皆さんに感謝の気持ちを伝えることができ、本当に幸せな時間を過ごさせていただきました。今にして思えば、あのファンミーティングが私にとって現役生活からの「卒業式」。あの日からやっと、次のステージのことを考えられるようになりました。

いったん「空っぽ」になった自分に、何を入れていくのか?

いったん「空っぽ」になった自分に、何を入れていくのか?

―引退後は、まず何を始めましたか?

石川:引退してファンミーティングも終わると、文字通り「空っぽ」になりました(笑)。プロのサッカー選手じゃない素の「石川直宏」という人間に戻って、「さあ、からっぽになった自分の中に、何を入れていこうか」、つまり、これから何に挑戦したいのかを考えたときに、目標が2つ見えてきました。1つはFC東京というチームの価値を高めること、もう1つはサッカーと社会をもっと広く深く繋げていくことです。
目標ができたら、あとは動くのみ。まずは、FC東京の社長に直接、自分の考えていることを全部伝えました。社長とは長い付き合いですが、それまで私からそんな話をしたことはなかったので、最初は驚いていましたね。ただ、私の想いはすぐに理解してくれて、「クラブコミュニケーター」というポジションを私に与えてくれました。このポジションをもらえたことで、私にとっての「ピッチ」はものすごく広くなったんです。選手時代は競技場の芝生の上だけがピッチでしたが、今や社会全体がピッチになりました。でも、やっていることの基本は、同じなんですよね。選手時代、強くなりたい・勝ちたいという夢を追い求めてピッチの中を走り回っていたのと同じように、今はFC東京をより良いチームにしたい・サッカーと社会のつながりを深めたいという夢に向かって、あちこち走り回っています(笑)。

活動をするにあたって大きな支えとなっているのが、選手時代に知り合った皆さんとのご縁です。特に選手時代に参加していた勉強会などのコミュニティのメンバーが私のやっていることに興味をもってくれ、どんどんご縁が広がって、有難いことにサッカーとはあまり縁のない業界や分野の皆さんと講演会や講習会を通じて、交流する機会が増えています。あのころはサッカー選手として自分を磨くために参加していただけでしたが、サッカー以外に自分の居場所をいくつかもっていたことが、結果として、すごくよかったと思います。
こういった交流の場は、私が何かを「教える」場では決してなく、異業種の皆さんと学び合う場です。私は皆さんのお話からクラブやサッカーの価値向上に繋がるヒントを得ますし、皆さんにはサッカーの話からビジネスに役立つヒントを見出していただきたい。そして、これを積み重ねていくことを通じて、クラブやサッカーと社会との繋がりを広げ、深めていきたいと考えています。

アスリートのリバウンドメンタリティを農業に生かす

アスリートのリバウンドメンタリティを農業に生かす

―長野県でアスリートの皆さんと一緒に、農業にも取り組まれていますね。

石川:はい。2020年から長野県の飯綱町というところに「NAO’S FARM」という農園を作り、地元の方々やアスリートの皆さんと協力してトウモロコシなどの野菜を栽培しています。農業を始めたきっかけは、コロナ禍にオンラインで開催したサッカー関係者の意見交換会。
当時はコロナの影響でサッカーの試合も練習もできなくなって、自分の存在価値を見失いかけている選手も多かったので、「今、自分たちには何ができるんだろうか」というテーマで自由に話し合っていたのですが、その中で参加者の一人・元AC長野パルセイロの三橋亮太さんにお声がけいただき、さらに地元の皆さんにも多大なご協力をいただいて、アスリートが働く農園を作ることができました。

もちろん私自身も他のアスリートも、農業は素人です。でも、スポーツと農業って、すごく共通点が多いんですよ。まず、サッカーは選手たちの努力の成果を「試合」という形にしてファンの皆さんに感動をお届けしますが、農業は「農産物」という形にしてお届けします。形が違うだけで、「相手に喜んでいただく」という目的は同じです。しかも、「自分の応援しているスポーツの選手が作った」という付加価値がある農産物は、ファンの皆さんにきっと喜んでいただけるはずです。
そして、外的要因に左右されやすい点も農業とサッカーの共通点です。農業は天候や災害など自分の努力ではどうしようもない問題に直面することが多く、その都度、被害をリカバリーしていく必要があります。これはスポーツも同じ。監督や他の選手との相性、ケガや不調など自分の意志や努力ではどうしようもない外的要因で、思うような成果が出せないことがよくあります。アスリートたちはそんな状況に直面しても、なんとか活路を見出して再挑戦していく力、いわゆるリバウンドメンタリティが鍛えられています。その意味でも、アスリートには農業の適性があると思うんですよね。農作業を体験してみて、私を含め「自分に意外と向いてる」と感じるアスリートも珍しくないですし、実際にセカンドキャリアで農業に取り組むアスリートも少しずつ増えているようです。

人は何歳からでも、新たな挑戦ができる

人は何歳からでも、新たな挑戦ができる

―セカンドキャリアに悩むアスリートも多いと聞きますが、この問題についてはどう考えますか?

石川:アスリートによって事情が異なるので一概には言えませんが、「競技以外にできることがない・したいことがない」という悩みを抱えているケースが多いですよね。彼らのために、一応「セカンドキャリア」の先輩である私ができることは、いろいろな活動をしている姿を見せることなのかなと思っています。コーチや解説だけでなく、農業や地域活動など一見サッカーとは関係のないことも含め、いろんなことをする私の姿を見て、現役を退いても、アスリートにはいろんなところに居場所があることを知ってほしい。そして、その気になればいろいろなことができること、何歳からでも新たな挑戦ができることを感じ取ってほしいと願っています。

アドバイスするとすれば、まずは競技に直接関係のない場に顔を出してみることをお勧めします。私の場合もそうでしたが、そこでの出会いが新たな繋がりを生み、思わぬ道を開いてくれることがあります。逆に自分との出会いが、相手に新たな道を開くこともあるでしょう。一緒に新しい景色を見たい、新しい自分に出会いたいという気持ちで、外の分野の人と繋がってみてください。ピッチの外は広く、本当にいろんな人やコミュニティがありますから、一歩踏み出せば、きっと良い出会いがあるはずです。

変化こそ進化の源。誰かが変化する「きっかけ」を作りたい

変化こそ進化の源。誰かが変化する「きっかけ」を作りたい

―地域との繋がりも大切にしていらっしゃいますね。

石川:はい、おかげさまでこの5年間でいろいろな地域に行かせていただき、繋がりを築くことができました。特に「NAO’S FARM」の地元・長野県飯綱町と繋がれたことには心から感謝しています。皆さんのご協力なしには、収穫までたどり着くことはできなかったと思います。これからは、私たちがご恩返しをする番。地方はどこも少子高齢化や働き手不足など実に困難な課題を抱えています。もちろん、それをすぐに解決することはできないにせよ、たとえば地域のことを外の人に広く知ってもらうなど、目標を掲げて協業することは可能です。地域ごとの事情を踏まえながら、サッカーの力、スポーツの力で何らかの新しい価値を地域に還元していきたいと考えています。

それに加えて、2023年からはこれまでの5年間でつながった人や地域、企業などから得た学びを、FC東京やサッカーに還元していくことにも注力したいと考えています。折しも今、FC東京は変化の時期。2021年から運営母体が変わったことでクラブに関わる人にも変化があり、新たなエネルギーや刺激がどんどん入ってきて、いろいろなことが大きく変わりつつあります。素晴らしいことですよね。だって、変化は進化の源だからです。私は5歳から36歳まで約30年間のサッカー選手生活で「進化するには、まず変化を受け入れなくてはならないんだ」ということを、何度も実体験で学んできました。ケガも含め、自分自身や自分を取り巻く環境の変化を受け入れたからこそ、今の自分に進化できたんです。コロナがやっと落ち着いてきたこのタイミングで変化の時期を迎えられているのは、FC東京にとって、またとないチャンス。まずはイベントや研修など面白い取り組みを企画して、選手をはじめとしたステークホルダーの皆さんが「変わる」きっかけを作ることから始めたいですね。そうすれば、きっとFC東京はより良いクラブに進化できるはず。私はその進化を加速する旗振り役でありたいし、進化の原動力の一つであり続けたいと願っています。

未来や過去ではなく、今の自分が素直に「良い」と思える判断を

未来や過去ではなく、今の自分が素直に「良い」と思える判断を

―最後に読者の方にメッセージをお願いします。

石川:この記事を読んでいらっしゃるということは、多かれ少なかれセカンドライフ、第二の人生に関心がある方だと思います。先々のことを考えて不安になったり、今何をすべきなのかわからなくて立ち止まっている方もいるかもしれません。そのお気持ちはすごくよくわかります。でも、実は先のことって考えても仕方のない部分があると思うんですよね。これまでの人生を振り返ってみると、結局、何が起こるかは誰にもわからないし、結果はなるようにしかならない。だったら、先のことを思い悩むのではなく、今、この瞬間に集中して、目の前で起きていることを正しくジャッジできる自分であることのほうが大切なんじゃないかなと思うんです。もちろん一定の備えは必要ですし、目標に向かって計画的に物事を進める慎重さも大切です。でも、未来や過去ではなく「今」を大切にする姿勢も失いたくないと思います。変えられない過去や読めない未来に囚われることなく、「今の自分」の気持ちに正直に目の前の一つひとつの出来事に向き合い、自分で判断して進んでいけば、おのずと自分の望む景色、いや、もしかしたらそれを越える素晴らしい景色が見える場所に辿り着けるんじゃないかと思うんですよね。

私自身まだ上手くいかないことも多いですが、走りまわっているうちに繋がりが広がって、「一緒に良い景色をみたいな」って心から思える人がどんどん増えてきました。この記事を通じて皆さんにお話ができたことも、一つのご縁ですよね。私の話が少しでも皆さんの役に立つことを願っています。一緒により良い景色を見るために、それぞれのポジションで楽しみながら、広いピッチを走って行きましょう!

今回お話を聞いた人

石川 直宏さん

プロフィール

<石川直宏氏プロフィール>
石川 直宏さん(いしかわ なおひろ)/元サッカー日本代表
1981年神奈川県生まれ。5歳でサッカーを始め、横浜マリノスジュニアユース→ユースを経て2000年横浜F・マリノスでJリーグデビュー。ずばぬけたスピードによる突破力を発揮して活躍。02年にFC東京へ移籍。03年Jリーグ優秀選手賞・フェアプレイ個人賞受賞、09年Jリーグベストイレブン受賞他。東アジア選手権2003決勝大会で日本代表に初選出され、その後も代表歴多数。2017年に引退後はFC東京クラブコミュニケーターとしてクラブの発展に尽力しつつ、メディア出演や講演など幅広く活動をしている。

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