安易な熟年離婚で年金が減ってしまう「年金分割制度」を徹底解説

数年前からよく耳にするようになった「熟年離婚」。「定年した途端、突然妻に離婚を切り出されて……」というような話を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか? 熟年離婚が増えている背景にあるのが、夫婦間で年金を分割できる制度「年金分割制度」の創設です。今回は年金分割制度の概要と注意点について解説します。

安易な熟年離婚で年金が減ってしまう「年金分割制度」を徹底解説

そもそも「年金分割制度」とは?

そもそも「年金分割制度」とは?

年金分割制度は、離婚の後に夫婦の一方の厚生年金をもう一方(元配偶者)に分割する制度で、2007年に運用が開始されました。ここで言う「年金分割」とは、夫婦が婚姻期間中の年金保険料の支払い実績の一部を、多い側から少ない側に移す手続き、つまり双方の年金記録を変更する手続きのことを指します。したがって、例えば夫の厚生年金を妻に分割する手続きをした場合も、分割相当分の現金が一時金として妻に支給されるわけではなく、手続きした分割相当分が妻の年金記録に反映されることによって、妻の年金支給額が増額されるということです。

年金分割制度には、大きく分けて「合意分割」と「3号分割」とがあります。下記の通り、合意分割と3号分割は分割条件や仕組みが異なりますが、最大の違いは分割時に「夫婦間での合意が必要か否か」です。

① 合意分割(夫婦間での合意が必要)

離婚した夫婦どちらか一方からの請求により、婚姻期間中の厚生年金を夫婦者間で分割することができる制度です。本制度を利用して年金分割をするには、以下の条件を満たさねばなりません。

合意分割の条件

・婚姻期間中の厚生年金記録(標準報酬月額・標準賞与額の記録)があること
・当事者双方の合意または裁判手続により按分(あんぶん)割合を定めたこと
(合意がまとまらない場合は、一方の当事者からの請求により、裁判所が按分割合を定めることができます。按分の割合は最大で2分の1まで)
・請求期限(離婚した日の翌日から起算して2年以内)を経過していないこと

② 3号分割(夫婦間での合意が不要)

厚生年金に加入する会社員や公務員(第2号被保険者)の配偶者で、年収130万円未満の者(いわゆる専業主婦・夫)は、「第3号被保険者」と呼ばれています。

3号分割は、第3号被保険者が年金事務所に請求すれば、第3号被保険者だった期間に対応する配偶者(第2号被保険者)の厚生年金の2分の1(50%)が分割される制度です。

3号分割は合意分割と違って当事者間の合意や裁判が不要で、原則として分割を請求する者が一人で手続きを完結できることから、「離婚した元配偶者と連絡を取ったり、一緒に手続きをしたりするのが苦痛」という人に向いています。ただし、この制度を利用できるのは、以下の条件を満たした場合のみです。

3号分割の条件

・2008年5月以降に離婚したこと
・婚姻期間中に2008年4月1日以後の、国民年金第3号被保険者期間中の厚生年金記録(標準報酬月額・標準賞与額の記録)があること。
・請求期限(離婚した日の翌日から起算して2年以内)を経過していないこと。

なお、3号分割の対象となるのは、あくまで2008年4月1日以降の期間に限られているので、それ以前の婚姻期間が長い場合は、合意分割をしたほうが分割金額が増える可能性があります。

【参考】日本年金機構「離婚時の年金分割」 詳しくはこちら

実際に分割される金額は?

実際に分割される金額は?

では、離婚して年金分割をした場合、いったいどのぐらいの金額が請求側に分割されるのでしょうか?
具体的な金額はケース・バイ・ケースであるため一概には言えませんが、「合意分割」の場合も「3号分割」の場合も、分割対象となるのは配偶者の厚生年金支給額ではなく、支給額算定の根拠となる標準報酬総額(標準報酬月額+標準賞与額の合計)であることに注意が必要です。
したがって、年金分割を希望する場合は、まず年金事務所に「年金分割のための情報提供請求書」を提出し、標準報酬総額をはじめ分割に必要な情報提供を求めなくてはなりません。

情報提供請求書提出すると、数週間以内に年金事務所から「情報通知書」が送られてきます。情報通知書には年金分割の対象期間や対象期間中の標準報酬総額のほか、「合意分割」の場合は年金を分割するにあたっての「按分割合」の下限と上限が記載されています。按分の上限は50%と決まっていますが、下限はケース・バイ・ケースであり、通知書には「●●%を超え、50%以下」というふうに記載されています。
通知書を受け取ったら、その内容をもとに当事者間で協議し、按分割合に合意できた場合は、公正証書による合意書を作成、日本年金機構に対して年金分割請求をします。当事者間での任意の協議で合意できなかった場合は、裁判により按分割合が決定されることになります。

3号分割の場合は、按分割合が50%と定められているので、協議の必要はありません。情報通知書を受け取ったら、必要書類を年金事務所に提出して、年金分割請求を行ってください。

専業主婦(夫)の場合の年金分割は?

専業主婦(夫)の場合の年金分割は?

上述のとおり、厚生年金に加入する会社員や公務員(第2号被保険者)の配偶者で、年収130万円未満の者(いわゆる専業主婦・夫)は、「第3号被保険者」であるため、「3号分割」を請求すれば、配偶者の厚生年金の標準報酬総額の50%を分割させることができます。ただし、3号分割の対象となるのは、2008年4月以降かつ自身が3号被保険者だった期間のみ。当該期間以外の厚生年金については、別途、合意分割請求をしなくてはならないことに注意が必要です。

夫婦共働きだった場合の年金分割は?

夫婦共働きだった場合(夫婦ともに厚生年金に加入していた場合)は、合意分割による年金分割が可能で、結婚していた期間の夫と妻それぞれの標準報酬額の合計を比べ、多いほうの年金を少ない方に分割することになります。したがって、妻のほうが標準報酬額が多い場合は、夫に年金を分割しなくてはならないケースも考えられます。
なお、分割の割合は情報通知書記載の按分割合の範囲内で、夫婦で協議して決定しますが、協議で合意に至らない場合は裁判によって決定されます。

注意!すべての年金が分割されるわけではない

以上、専業主婦の場合も、共働きの場合も条件さえ満たせば年金分割が受けられることを説明しましたが、ここで注意しなくてはならないのが、年金分割はあくまでも「厚生年金」(元共済年金含む)が対象だとうことです。

つまり、配偶者が自営業者やフリーランスで、婚姻期間中に国民年金にしか加入していなかった場合は、年金分割を請求することはできません。また、厚生年金加入者の場合も年金分割の対象はあくまでも厚生年金のみであり、厚生年金に上乗せする形で加入している確定拠出年金などの私的年金については、年金分割の対象にならないことにも注意が必要です。

注意!すべての年金が分割されるわけではない

離婚後に元配偶者が死亡したら、年金分割はどうなる?

協議が順調に進み、希望通り元配偶者からの年金分割を受けられるようになったとしても、元配偶者が自分よりも先に亡くなってしまった場合、年金分割はどうなるのでしょうか?
結論から言うと、原則として元配偶者が死亡しても、一度分割された標準報酬額が変更されることはないので、引き続き生前と同じ額の年金(分割分が加増された年金)を受け取ることができます。

同様に、離婚した元配偶者が再婚した場合も、分割済みの標準報酬額は変更されないので、年金額に変更はなく、分割後の年金を受け取ることが出来ます。

ただし、当然ながら「遺族年金」を受給する権利は離婚した時点で失われてしまうため、離婚した元配偶者の遺族年金を受け取ることはできません。

経済的に余裕がないなら、安易な熟年離婚はNG!

経済的に余裕がないなら、安易な熟年離婚はNG!

以上、年金分割制度の概要をご説明しましたが、年金分割制度にはさまざまな制限があり、よく誤解されているように「配偶者の年金を半分もらえる」というわけでは、決してありません。

分割協議がうまくいったとしても、あくまでも配偶者が自分と結婚している期間に支払った厚生年金のみが対象であり、その按分割合も最大で50%です。分割協議が成功して50%を分割されたとしても、その額は月に数万円程度というケースも珍しくないのです。これでは自分の年金を足したとしても、「余裕のある老後生活」を送ることは難しいでしょう。「年金分割があるから、離婚してもなんとか一人でやっていけるだろう」という安易な判断は控えた方がよいでしょう。

また、年金を分割する側にとっても、年金を分割すると受け取れる年金が減ってしまい、思い描いていたような豊かな老後を送ることが難しくなるかもしれません。つまり、潤沢な貯金がある場合や別の収入源が確保できている場合を除いて、熟年離婚は夫婦双方にとって、経済的には決して賢明な判断ではないのです。一時の感情に流されず、まずは冷静に離婚した場合のメリットとデメリットを比較してみましょう。それでも、どうしても熟年離婚をしたいのであれば、慎重に準備を進め、経済的に自立できる状況が整ってからにすることをおすすめします。

まとめ

離婚した元配偶者の厚生年金の一部を分割してもらえる「年金分割制度」。当事者間の任意の協議で最大50%まで年金の分割が受けられる「合意分割」と、一方が専業主婦・夫だった場合に一定の条件を満たせば必ず50%の分割が受けられる「3号分割」の2つの制度があり、婚姻期間中に配偶者が厚生年金に加入していた人のほとんどが年金分割を受けることができるようになっています。

しかし、分割がうまくいったとしても、月々の分割額は数万円程度であることが多いため、年金分割を当てにして離婚をすると、経済的に困窮してしまうことになりかねません。また、分割する側も年金の受給額が減ってしまい、生活が厳しくなってしまう可能性もあります。どうしても熟年離婚を望むのであれば、自身のマネープランをしっかりと見直し、経済的に自立できるかどうかをしっかりと見極めてからにしてください。

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